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相互監視社会と閉塞感(仮)

メーカーの物理的に生産現場なんかに近いところでは「安全衛生活動」ってのがあります。分野が違う人から見たら「何してるの?」と思われるであろう指差呼称とか、安全唱和とか。安全に関するスローガンを皆で読み上げる、そんなんです。

まあ「社訓」を朝礼で叫ぶみたいなもんです。もしくは安全の神に対する祈りというか。正直バカみたいな活動。目的は士気の維持とか、意識の刷り込みというかなんだろうが・・まあ一定の効果はあるんだと思います。

僕を知る人は意外に思うかもしれないけど、実はメーカーに勤務の良かったところを聞かれると、安全の思想が頭のどこかに染み込んでることを挙げます。日常生活で指差呼称まではしないけど、それに類する行動してるしね。駐車場での車の乗り降りとか。「うっさい」とか言われるけど。

ただ、最近この「安全衛生活動」が目に見えて行き過ぎてる。例えばドアに手を挟んでちょっとした怪我を誰かがしたとする。そうすると、なぜそうなったか皆で議論する。そこまではいいんだけど、これが最後には「そのドア危険だから使用禁止」みたいな結論になったりする。

最近は、そんな問題があったからとにかく危険とみなして「禁止事項」みたいなのがつみあがってうかつに行動できなくなってきてる。もう大概にしてくれなんだけど、ただまだここまでは許容範囲かなと思ってる。

ここから先がちょっと異常だなと思うところだけど、一度「禁止事項」となった事に対して「相互に注意しましょう」なんてことになるんだけど、これが「相互監視」になってしまっちゃうこと。

例えば歩きながら携帯電話を操作するのはやめましょう、というルールがあったらそれに対して「あの人が歩きながら携帯を操作してました」みたいなたれこみがなされたりする。「そのくらい見逃せよ武士の情けってやつじゃないか?」と思うが実際には断罪される。

怖いなと思うのは、こういう「相互監視」してる連中が思いのほか多いって事。お上に言われるまでもなく自分たちで自分たちの首を絞めることを何らかの思い、もしくは心理状態で自律的にしちゃってること。人によっては黙ってたら虐げられるほうに分類されるから、そうならないように自衛策をとってるようにも思えるし、人によっては取り立ててもらうがための策だったり。密告したら褒美が貰える的な、昔の五人組みたいな場に変容してるところもあるかも。

あと、たれこみで冤罪もおきたりしている。「それは俺じゃない」「じゃあ証明しろ」みたいなね。悪魔の証明って奴だね。免罪だとわかっても一度社会的信用を失いかけると、それまで味方だと思ってた連中も敬遠するようになるし。

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ここまで書いて思ったのだけど、最近のアイスクリームの冷蔵庫に入っちゃいました的な各種バカッター事件とその後の展開を見てると、起点は違えど話の展開が似てるよなあとか感じるのは僕だけかな?

生きにくい社会を自分たちから率先して作ってしまう一方で隠蔽体質、これを変えるパラメーターってなんだろね。

テーマ : ちょっと息抜き
ジャンル : ビジネス

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